九十九神の誘惑

九月に入って涼しくなった。
季節の変わり目というのは、街を歩いているだけで、風変わりな人物に出会う確率が高い。
四月とか六月、十二月あたり。

昨晩、気持ちがざわついて寝付けなかったので、近所の公園へ行った。
公園というのはいい。
人工的に作られた空間のくせに、虫がいて木や土や石がある。
趣味の悪い配色の遊具が二、三並んでいるとなお良い。

ベンチに座って煙草を吸っていたら、前方にある、緑色の座面のブランコが歪な音を立てて揺れている。

子どもがこんな時間(23:00くらい)に遊んでいるのかと、目を凝らしてみる。

ブランコの運転手は背広を着た初老の男だった。
草臥れた感じの一切しない、パリッとしたスーツを綺麗に着こなしてらっしゃる。
新橋の酒場でグダリーマンの香りが一切しない、サラリーマン紳士だ。

どんな顔をしてブランコに乗っているのか?
どうしてもブランコを操る男の表情を確認したくなった私は、今座っているベンチが濡れているフリをして、ブランコの近くのベンチへと移動した。

そして恐る恐る顔をみる。

泣き笑っている。
満面の笑みをたたえ、無数に刻み込まれた頬の皺の溝には涙が溜まっている。
涙は公園の街路灯に照らし出され光っている。

しかも立ち漕ぎだ。

紳士は10分ばかし笑みを絶やさず、また涙を流し続け、ひたすら膝を折り曲げ緩急をつけてはブランコを漕いでいた。

クライマックスが近づいた瞬間、さらに深く膝を曲げ110度くらいの角度をつけたままブランコの鎖から手を離した。

そのまま地面へストンと、体操選手の競技の決めポーズのような直立不動のスタイルで着地する。

口をあんぐりと開けて一連の動作を見届けていた私を真顔で一瞥し、地面に放っていた本革っぽい鞄を拾いあげ、颯爽と駆けて行った。
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公園は良いものだ。
子どもだけでなく大人も公園で沢山遊ぶような時代になればいい。

公園で絵を描いている時に、ホームレスと飯を食いに行った話はまた書こう。